知性と知識

Einstein

僕は知性(intelligence)という言葉が好きだ。

知性(intelligence)と知識(knowledge)の違いをこう考えている。

 

知識(knowledge)とは

僕らの周りにあるものは、全て恐ろしく複雑なものばかりだ。自分自身の心にせよ、水一滴にせよ、その一つとして、僕らが完全に理解できているものはない。ただ、複雑ものを複雑なままにしては生活が成り立たない。

「水を沸かす」

という行為ですら、誰かに頼もうとしたら原子の活動や熱量の説明をしなくてはいけないだろう。

 

僕らは、それら複雑な物を抽象化して会話などをしている。
その抽象化に必要なのが知識と文化である。

 

「古池や蛙飛びこむ水の音」

ご存知、松尾芭蕉の有名な俳句だ。この俳句を詠んで、頭の中で風景を思い起こして欲しい。

松尾芭蕉は「その景色」を伝えるために、俳句という手法を用いて「その景色」を抽象化したのだ。
これは、ある複雑な原子の組み合わせを「水」と抽象化しているのと同じことである。

 

極論をすれば、世の中に抽象化されてないものは無い。
知識とは、それら抽象化されたものを、より画一的にイメージできるよう手助けするものである。

 

知性(intelligence)とは

一方知性とは、極論をすれば知識を覆すものである。他の言い方をすれば、知識の一部に抵抗を試みるの事が知性と言える。

 

俳句において知性とは、俳句を詠むことである。そんなこと?と思わえれるかもしれないが、どんな俳句であれ、新しい価値をもたらすことには変りない。そしてその活動は、本人が意識しようとしまいと、既存の知識への挑戦が含まれる。

 

残念ながら、多くの知性は日の目みることがない。
それは、人間が数千年かけて作り上げた巨大な知識の前に、小さな泡のように消えてしまう。
なんとも残酷なことだ。

だから、知性には価値がある。そして、勇気も必要だ。

 

知性から知識へ

生き残った知性は、いずれ知識となる。そして新たな挑戦者(知性)を待ち続くける。
知性を創ったものは挑戦者を歓迎し、知識に固執するものは挑戦者に怯える。

 

アインシュタインの言葉

The true sign of intelligence is not knowledge but imagination. 
本当の知性とは、知識では無く想像力だ。 

If you want your children to be intelligent, read them fairy tales. If you want them to be more intelligent, read them more fairy tales.
子供を知的に育てたければおとぎ話を読ませなさい。もっと知的に育てたければ、もっとおとぎ話を読ませなさい。

 

 

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